318歩 普遍的より不変的であれと願う 編

CanonEOS5Dmk2  CanonEF70-300mmF4-5.6L  iso100 300mm f10 1/25  photo : toshimasa
CanonEOS5Dmk2 CanonEF70-300mmF4-5.6L iso100 300mm f10 1/25 photo : toshimasa

私の性格上、不変的な物に惹かれる傾向にある。
皆さんこんにちは。本日もふらっと迷い込んだ里山を散歩して行きましょう。日本語というのは実に難しい。私も毎日使っているのだが、知らない言葉、意味が分からない言葉、間違った使い方をしてしまっている言葉が沢山ある。そんな言葉も誰かが考えたからこの世にあるわけで、昔の人達は難しい言葉を沢山生み出したものだと感心してしまう。最近新たに生み出される言葉は、喋り言葉がメインの様な気がする。時代も移り変われば、言葉も変わっていく。そんな凄いスピードで変化する世の中にいて、自分は変化しない物に心惹かれる様な気がする。変わらないものに安心感を感じるからなのか。かといって新しい物を否定するつもりも無い。新しい物は、新しい技術が詰め込まれていて、それは素晴らしいと思うし、便利になったなとも感じる。その便利さを理解した上で、不変的であれと思う自分がいる。今回入り込んだ里山も、もう何年も変わらない景色がそこにあるのだろう。決して人の手が入っていない場所では無い。畑があり、田んぼも手入れされている。夕日を浴びた山桜が本当に美しかった。写真には収まりきらない美しさがあった。これを収めきれない自分の未熟さも感じた。自分は成長しなければ。もがきながら、少しずつでいいから。それまで不変的であれ、決して普遍的にならないことを願う。
CanonEOS5Dmk2  CanonEF70-300mmF4-5.6L  iso100 176mm f10 1/13  photo : toshimasa
CanonEOS5Dmk2 CanonEF70-300mmF4-5.6L iso100 176mm f10 1/13 photo : toshimasa

ふと、なぜ自分は不変的であることを好むのか、考えてみた。技術が進んでテクノロジーが進化すると、そこに関わる人間が取り残される感じがする。世の中が便利になればなるほど、自分が積極的に関わらなくても動いて行ってくれるようになる。今まで自分の目で確認して自分の意思で調整して押していたボタンが無くなり、自動で調整される。便利だし、安全だし確実なのだが、最後のボタンを押したい自分がいるのだろう。それが楽しいうちはこのスタイルで行こうと思う。ちょっと昔のカメラ達を連れて散歩に行きたい。

今回の散歩はここで終わります。
また次回の散歩でお会いしましょう。